煩悩の手放し方?

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大晦日、志穂先生が来て下さって108回の太陽礼拝をやりました。108回、途切れずカウントして下さった志穂先生に心より感謝申し上げます。

 


(離れていてもみんなで取り組める、コロナで当たり前になったことがこのZoom!)
その時々目の前の課題に必死。一つ終われば次の課題。
私は退屈が嫌い。退屈しすぎて死んでしまうと、子供の頃の夏休みの最後の方はそう思ったもの。

チャレンジの回数が多いから失敗も多い。反省は一瞬するけど、「後悔」というキーワードとは無縁な人。

でもね、ひとつ言うなら煩悩はある。
私は亡くなった祖母が大好きだった。だから祖母のような女性になりたかった。
苦労が多かったはずなのにいつも微笑みを絶やさず、優しくて、どんなことも許して受け止めている人だった。いつでも祖母の家の戸を叩けば笑顔で迎えてくれる。港のような人だった。

今の私はと言えば、自分が何かに夢中な時に声をかけられるとゴキゲンは悪い。嘘は受け止められないから、軋轢を避けようと思えばとりあえず距離をとるのみ、許し受け止める寛大さからは程遠い。家にはほとんど寝に帰っているだけ。

祖母によく、「お仕事は良い加減になさいよ。」と諭されてきた。その良い加減が苦手な私。

ふと我に返ると、「私は祖母のようになりたいって確かに思っているのに何をしてるんだろ?」それも煩悩かしら?

今年はいろいろオーバーフロー気味だったからかえって吹っ切れました。

108回の繰り返しの中で、いろいろうまくやれなかったことを振り返りながら、それでもその時それ以上何かできた気もしないから、「まあいっか。」

さんざんホルモンの実験の実験台になって自分の体が悲鳴を上げている状況すらもデータで見る機会を得て、「我慢はや~めた!」だって体に悪そうだもの。

私はできないことができるようになるのが楽しい。きっとホルモンがドバーって出てる。そういうのが性に合ってる。

どう考えても祖母とは真逆。目指す方向が間違っているとしか言いようがない。

なんて考えながら108回。

もう祖母を目指すのは「や~めた。」人生で一番大きな煩悩を手放せた瞬間だったかもしれません。

新年の未明に上腕から肩の筋肉痛を発症して跳び起きました。
真面目に伏せの姿勢をとっていたから。

108回の太陽礼拝。煩悩を手放すには一番の方法かもしれません。

 

 

 

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